徳永エリ|立憲民主党北海道参議院選挙区第3総支部代表

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2011.05.16
台湾の皆さんありがとうございました。

昨日は石狩市議会議員選挙の投開票。私は
土曜日は片平一義候補の応援に入らせて頂きました。残念な結果に終った方もいまし
たが、現職ほぼ当選ということでホッとしました。皆さん、おめでとうございまし
た。東日本大震災を経験し、様々な価値観が変わりつつある中で、私たちの故郷北海
道も守りから、攻めに方向転換しなければなりません。少々のリスクは覚悟して皆で
まさに全力で取り組まなければならないということと、政治家は国民の皆さんに耳ざ
わりの悪いこともはっきりと言うべき事を言う。そして、しっかりと理解していただ
くように説明をしたり行動をすることが大切です。地方議員の皆さんとはしっかりと
コミュニケーションをはかり、協力して仕事をしていかなければなりません。頑張り
ましょう。さて、土曜日は台湾北海道観光振興旅行団の皆さんのお招きで札幌パーク
ホテルで行なわれた懇親会に伺いました。日本の国会にあたる、台湾立法院の王院
長、台湾の与野党国会議員の皆さん他、300人もの方々が、北海道の食と観光を応援
する為に、来道して下さったのです。ありがとうございました!感謝の気持ちでいっ
ぱいです。北海道には昨年、台湾から113万人もの観光客が訪れています。東アジア
で一番多く来てくださっているのです。旅行団の皆さんには北海道は安心だと言う事
をお国でアピールをして頂いて、すっかり発災後観光客が減ってしまった北海道が活
気を取り戻すことができますように応援して頂きたいと願います。10月には北海道
からも大挙して台湾をお訪ねする事になっているようですので、私もできれば同行したいと思っています。今日はこれから、メキシコ大使館で昼食会です。お招き頂きましたので、大変嬉しく行って参ります。



2011.05.11
山田町へ再び

5月3日 午後9時15分 苫小牧港からフェリーで青森へ向いました。岡内秘書他、総
勢6人で車2台で、支援物資等を積み込み乗船。翌日、朝5時過ぎに青森に到着し、弘
前に向いました。弘前城の桜が満開だと聞いていたので、どうしても見てから岩手に
向いたかったのです。早朝の弘前城周辺にはまだ人も少なく、美しい桜にしばし癒や
されました。盛岡県の支援物資集積所、岩手県産業文化センターアピオに行きまし
た。広い施設の中、また外に張られた無数のテントの中には支援物資が山のように詰
まれていました。生鮮食料品以外は何でもあるそうです。缶詰や調味料、カレーやシ
チューのルー。車椅子や、ガスコンロ、水、衣料品や運動靴、皮靴に長靴。ポリバケ
ツやゴミ箱、洗面器、湯たんぽ、乾電池。私が山田町の避難所から、支援物資として
届かないので何とかしてもらえないかと言われた物のすべてがある感じでした。どう
して避難所に届かないのでしょう。何が問題なのでしょう。今回は山田町から子ども
の運動靴が欲しいといわれていたので、運動靴のメーカーに電話をして、提供してい
ただくか買わせて頂くかをうかがったところ、「岩手県には何万足も送りましたよ」
との事。岩手の主濱議員に伺うとアピオにあるかもしれないから調べて下さるとの
事。在りました!そこで、私が直接アピオに行って運動靴を受け取り届けることにな
りました。サイズも種類も沢山あるのに、なぜないことになっているのか、被災地に
届けたら、新学期を迎えた子どもたちがどんなに喜ぶことか。この状況何とか改善せ
ねば。その後、県庁の災害対策本部に伺い、物資を受け取った事を報告。少しお話を
させて頂いた後に、山田町の役場に向いました。まずは町長さんをお訪ねし、お話を
邪魔にならない程度にさせて頂きました。そして、山田南小学校に運動靴を届けに行
きました。前回、行った時に役場の南小担当の小原さんと顔見知りになりましたの
で、小原さんとそれまで色々連絡取り合っていました。爪きりが欲しいといういうこ
とでしたので、岐阜の小見山議員にお願いし、爪切りを持っていきましたらすごく喜
んでくれました。今回は災害ボランティア室の調査もありましたので、山田町の避難
所を阪口代議士と担当分けして回らせて頂きました。山田町の避難所を半分回るだけ
でも丸一日。でも、どこにお邪魔しても皆さん穏やかに、きちんとルールを作って生
活しておられましたので安心しました。衛生環境も良く、病気の人も少なかったで
す。今回は札幌短編映画祭から、こどもの日のプレゼントとして、短編のアニメー
ション作品を持って行き、上映会をさせて頂いたり、ボランティアセンターの仕事に
参加し、公営住宅の津波に浸かってしまった家具出しや、ヘドロを掃除したり体も
使ってきました。役場の隣の公民館の避難所で、遺体の捜索をしている漁師さんに出
会いました。山田町ではまだ378名が行方不明です。実はそのお父さんたちも、二
人とも息子さんが行方不明ということで「そろそろ、息子に逢えるんじゃないかと思
いながら捜索しているんだ」とおっしゃっていました。ちょうど、私がお話した5日
ほど前にお一人の遺体が海から見つかったそうですが、相当に厳しい状況のようで
す。2日に補正予算が通って漁場復旧対策支援事業による、瓦礫撤去をやりたいとい
う方の募集が始まっていたり、義援金の申請も始まっていました。仮設の建設も一ヶ
月前から見たら随分と進みました。それから、元あった商店の場所で、まわりは瓦礫
の山ですが食料品の販売を始めている方もいました。被災地の皆さんは今、自分の出
来る事を一歩ずつ始めています。そして、釜石で「復興の狼煙ポスタープロジェク
ト」というのを発見。ポスターの被写体は東北の被災者。キャッチコピーも被災者の
方が考えました。「前よりいい町にしてやる。」「諦めるなと帆立が言う。」ほかに
も13種類あります。インターネットで購入できて、経費を引いた売り上げが被災地の
自治体に寄付されるそうです。是非、皆さんもこのポスター貼って応援してくださ
い!最終日、山田町の豊間根中学校の避難所で、まだ、体操マットの上で寝ている高
齢者がいるので、何とか畳が手に入りませんかと言われていました。主濱議員にお願
いしたところ、畳ゲット!畑代議士と秘書の方たちが30枚畳を運んでくださるという
ことで、豊間根中学校で合流。一緒に畳敷かして頂きました。避難所で暮らしていた
おばあちゃんが私にティッシュで包んだ四葉のクローバーを見せてくださり「今朝見
つけたんだよ。何かいいことあるかなと思っていたんだけど、畳だったんだね。今日
から畳で眠れるんだ。嬉しいよ。」と涙ぐんでおられました。札幌の商工会議所の
方々が、こどもの日のイベントを開いていたり、稚内から沢山のほっけを積んで、山
田町の方たちに配っていたり、帯広や渡島や北海道の役場の方々も沢山応援に入られ
ていました。ボランティアにも北大生や北海道から沢山の人たちが参加しています。
また、自衛隊の方たちも札幌、旭川などから派遣されている方々に沢山出逢い、山田
町は私にとって少しづつ身近な町になっています。盛岡から、風光明媚でトリッキー
な山田線に乗って、復興した山田町に遊びに行く日を目標に、私も出来る限りのお手
伝いをしていくつもりです。



2011.05.01
斉藤獣医師

私の尊敬する獣医師、札幌石山通り動物病院の斉藤先生、先日、福島県の警戒区域内
のペットと家畜の件でご意見を伺いたいと病院にお電話をしたところ「先生は暫く出
張です」との事。これは先生のことだから・・・「もしかして、福島ですか?」とお
尋ねしたところ、「はい」・・行ってました。さっそく携帯にお電話すると元気な声
が。現地の状況を色々教えてくださり、その後もメールを頂いています。何でもそう
ですがマスコミからの情報は極端というか、ある意味ヒステリックな捏造です。現場
の様子を聞いてみると実際は報道と随分違います。置いてきたペットを心配してい
らっしゃる方、先生が見たところ、健康状態もよさそうで、元気でいるようです。連
れて避難したくても、できないという事情もあるのですから、避難するだけではな
く、現実にきちんと向き合って頂きたい。もっと多角的に取材してくれないと批判や
怒りが生まれてしまいます。福島第一原発の施設の中で24時間体制で働いている
方々の睡眠環境や食事がひどいと東電や政府は命がけで働いている人たちにそんな対
応しかできないのかとメディアは声をあげていますが、施設で働いている250人は
3交代、3日に一度はホテルで宿泊。暖かいものも食べ、シャワーも浴びられるそう
です。3日に一度というのは限られた技術者、専門家にしか出来ない仕事ですから仕
方がないですよね。現場の皆さんはとにかく自分たちが日本を守るんだという意識が
強く、熱い思いで日々頑張っておられるそうです。(28日の朝、電気事業連合会の
方々に来ていただきレクチャーを受けさせていただいた中で伺いました。)



2011.04.26
災害ボランティア室会議

先週末、災害ボランティア室の呼びかけで、民主党の国会議員、秘書で福島に入り瓦
礫の撤去作業と遺留品の泥落としのお手伝いをしてきました。福島はボランティアが
少なく、大勢で入りましたので大変に喜ばれたそうです。他の議員も炊き出しやら、
医療支援やら、それぞれ被災地に入っています。福田衣理子代議士から岩手県の山田
町の水産加工会社の倉庫で魚が大量に腐敗していて、それを片付けるボランティアを
どなたかお願いできないかという話がありました。私が山田町に入った時にお逢いし
た、ボランティアセンターの主幹をしている岡田さんに話をしたところ、対応してく
れました。腐敗の状況は凄まじく、ガスも発生しているとのこと。その魚が50トン
もあるのです。ボランティアの方々に健康被害が起きては大変なので、一旦は無理だ
ということになったのですが、岡田さんが対策を考えて下さり、専門技術を持った
方々が入り、方付けをして下さることになりました。倉庫や冷蔵庫、冷凍庫が壊れて
いるのでいたるところで同じようなことが起きているのでしょう。今までは寒かった
から匂いもさほど気になりませんでしたが、これから暖かくなるに従って厳しい状況
になると思います。ここ1ヶ月くらいの間にやらなければならないことが沢山ありま
す。被災地で肺炎の患者さんが増えているそうです。昨年の同時期の5倍とも言われ
ています。瓦礫撤去の際に飛散する粉塵の影響なのか、海底から津波とともに上がっ
てきたヘドロの中に有害物質があるとも言われていますのでそのあたりも心配です。
これから本格的な瓦礫撤去が行なわれる時に、そこで暮らしていて大丈夫なのでしょ
うか。高齢者だけでも、3ヶ月、半年、安全で健康を守れる地域に一時的に移住をし
て頂いたほうがいいのではないでしょうか。ただ受け入れ情報を流してもなかなか移
住しようとは思わないでしょう。説明や説得が必要です。命を守る為です。夏場にな
ると食中毒も心配です。早く、避難所暮らしから自立の方向に向かないと、善意や努
力がとんでもないことになりかねないと心配です。



2011.04.20
初めて孫社長にお逢いしました。

昨日は久しぶりに息子と二人で食事をしました。7キロも痩せたそうで本人は喜んで
いるのですが母親としては心配です。若いときはどうしても食生活を大事にしません
から、お腹が満たされればいいというような食事の摂り方なのでしょう。もう私の元
を巣立って行ったのですから口うるさく言う気はありませんが、昨日はこれ食べなさ
い、あれ食べなさいと食べさせました。私も忙しいのでなかなか逢えませんが月に一
度くらいは一緒に食事して、普段食べそうもない野菜や畑のたんぱく質を食べさせな
ければ。さて、今朝は5時半に起き支度をして、築地本願寺で行なわれた「第68回
築地聞真会」に出席しました。東日本大震災で亡くなられた多くの方々の事を思い、
手を合わさせていただきました。国会議員の緒先輩方も大勢お見えになり、会の後、
朝食会でご挨拶をさせて頂きました。今日は9時半から参議院総会、10時から本会
議。12法案の採決が行なわれました。民間資金等の活用による公共施設等の整備等
の促進に関する法律の一部を改正する法律案、戦傷者等の妻に対する特別給付金支給
法の一部を改正する法律案などです。そして、東日本大震災復旧・復興検討委員会 
復興ビジョンチームのヒヤリングがあり、ソフトバンク株式会社代表取締役社長 孫
 正義氏がお見えになり、震災の復興についてご自分の思いを語り、提案をなさいま
した。孫氏はソフトバンクとして、被災地に100億円の寄付をなさり、さらに今
後、ご自分の役員報酬を全て寄付するとおっしゃったことは皆さんご存知と思います
が、今日新たにヒヤリングの中で、「自然エネルギー財団」を創り、世界の技術者、
研究者を投入し、原発から自然エネルギー、クリーンエネルギーへの転換を計り安全
と安心を確保し、産業と雇用を創出するために、「東日本ソーラーベルト構想」を実
現したいと発表しました。太陽光、風力、バイオマスエネルギーの大転換に寄与した
いということでした。言葉の中に魂が籠っていて感動しました。カリスマの星を持っ
た方です。災害からの復興、そして原発に対する日本の対応は世界の価値観を大きく
変えるかもしれない、いえ、間違いなく変えるでしょう。だからこそ、コンパクトシ
ティだの、エコタウンだのキャッチフレーズみたいな事を言ってる場合ではないと。
日本の政府が真剣に、大きな決意を持ってしっかりと情報を集め、本当の有識者とは
誰なのか、今この復興に大きな力になり得る人は誰なのか、きちんと見定めて欲しい
ものです。



2011.04.19
東北から戻って。

金曜日、本会議終了後からレンタカーを借りて、東北の被災地に向いました。情報関
係の仕事をしている札幌と東京の友人と4人でまずは盛岡に。到着したのは午後10
時30分。初鹿衆議院議員に聞いていた盛岡の駅前にある、格安の盛岡ニューシ
ティーホテルに泊まることに。翌朝、7時出発でまずは宮古市に入りました。海に近
づくにしたがって被害が目に付くようになり、住民の皆さんは瓦礫の撤去や壊れた箇
所の修理、掃除に追われていました。

商店街はまだ使えそうな店舗と壊さなけれなばならない店舗が混在一体となっていま
す。そんな中、大繁盛、人が大勢集まっている大型衣料品店がありました。格安で子
供服、婦人服、寝巻きやタオル、シーツ等、沢山の衣料品がハンガーにかかっていた
り、ワゴンに山積みになって店頭に置かれています。店主に話を聞いてみると

品物はすべて津波にやられ、泥もついたので売れないと思っていたら、全て流された
ので売って欲しいという声があったそうです。泥だけ落として格安料金で出してみた
らどんどん売れたそうです。触ってみると商品は全て濡れています。それでもみんな
買っていくんです。人手が足りなくてパートさんも来てもらっているそうです。周り
のお店も触発されて営業を始めています。宮古から山田町に入りました。津波に流さ
れ、プロパンガスや、ガソリンに引火。町は一面焦げた瓦礫で覆われ、焦げ臭い匂い
が磯の香りと交じり合っていました。小高くなったところにある、町役場は大丈夫
で、町の情報が集まっています。社会福祉協議会の窓口があり、支援物資の配給もそ
こで行なわれています。そこから、10分ほど車で移動したところに、災害ボラン
ティアセンターがあります。全国からボランティアで集まった人たちの拠点となって
います。旭川からボランティアで入っている方が、そこの主幹をしておられましたの
で、情報を頂き仮設の建設現場に行き、その後、避難所の南小学校に支援物資を持っ
て入りました。偶然にも蓮舫大臣がお見舞いに。見送った後、役場の方や、避難所で
暮らしている方々とじっくりお話をさせて頂き、支援に関してどんな議論が国会でさ
れているかお話させていただき、皆さんのご要望もお聞きしました。何よりも、山田
町では1800戸の仮設住宅の需要に対し、今一割しかメドがたっていないんです。
そのことを一番、心配しておられました。支援物資は比較的豊富にあり、今必要なの
は女性のブラジャー(スポーツブラ)女性用のジャージの下、そして、支援物資を運
ぶ為のトートバッグ。幾つか持って行ったのですが皆さん、これが欲しかったと言っ
てました。子どもたちはゲームを持って行ったのですが、ノート、色鉛筆など文房具
が欲しいそうです。避難所を出てからは、大槌町へ。そして、夜10時過ぎでしょう
か、釜石市に入りました。繁華街らしきところなのに、明かりが全くありません。
アーケードらしきもの、ホテルや高い建物が沢山建っているのに、よく目を懲らして
みると全て破壊され道路から両脇に寄せられた瓦礫の小山がずーっと続いています。
沿岸の町や村とは違った被害の状況にまさに言葉を失いました。宿などないので、釜
石の駅前の駐車場で寝袋で車中泊するつもりでいたのですが、駅員さんに教えられ、
ボランティア、自治体から派遣されている災害支援の方々が泊まっている民宿がある
から聞いてみたらどうかということで、行ってみると部屋を一つ用意してくださいま
した。お風呂も無い、食事もない、何十年営業しているんだろう・・とうようなスリ
リングな民宿でしたが屋根があるだけありがたいと宿泊。よく見ると置いてあるもの
も、まるで骨董品屋さんの中にいるみたいで興味深かったです。食事をしていなかっ
たので、被害のほとんどなかった地域に車で向うと赤提灯を二つ発見。地元の方々に
話を聞きたかったので、引き寄せられるように入った店は大繁盛。色々な世代の人た
ちで溢れていました。安くて美味しい店でした。そこで隣に座っていた若い3人と話
をしたのですが、お姉さん夫婦のところに弟さんが避難中との事。電気も点かず、水
も出ず、ろうそくでの暮らし、大変だったそうです。一番心配しているのは仕事のこ
とだそうです。町が壊滅し多くの若者が職を失ったので、みんな仕事を求めて他の町
に行ってしまう。行ってしまうともう釜石には戻らないだろう、そうすると高齢者ば
かりの町になってしまう。短期ではなく、長期的に働ける地元の雇用を早く作らない
と大変なことになりますと言っていました。お店のご主人もいつまでも暗い気持ちで
いても仕方がない、お客さんと沢山話をして、美味しいもの食べてもらって、お酒飲
んでもらって、元気に明るく過ごして前向きな気持ちになることが今は必要だと言っ
てました。翌朝は民宿のご主人が美味しいコーヒーを入れてくれました。釜石港の湾
口堤防がなかったら、ここもやられていましたよ。不安なので早く堤防を修復してく
ださいと言われました。高台から湾口堤防を見てきましたが津波ですっかり壊れてい
ます。飛行機が飛んでくるスピードの津波だったと言いますからものすごい威力だっ
たのでしょう。夜はよくわからなかった釜石の繁華街に行くと、重機で瓦礫の撤去を
したり、店舗を片付けている人たちが。すべて無くなった。いつこの町が再生するの
か、まったく今は考えられないとおっしゃっていました。瓦礫の撤去、そして、壊れ
た店舗やビルの解体、また瓦礫の撤去。人もお金も時間も一体どの位かかるのか。暮
らしと命を守る為にはスピード感が必要です。釜石を出て、大船渡へ。そこから一
旦、内陸を通って仙台へ。そして仙台から、気仙沼、陸前高田に着いたときには、も
う月が出ていました。美しい満月の明かりが瓦礫の町を照らしていました。これは現
実なのか、幻なのか。何もかもなくなっている陸前高田の町に立って被災された方々
の深い悲しみが伝わってくるかのようでした。私の力など小さなものです。でも、や
れる事を精一杯お手伝いしたいと決心して帰ってきました。被災地の一部を視察する
だけでは、TVを見ているだけではこの震災と津波の被害の規模はわからないでしょ
う。本当に大変なことです。復旧、復興、政府も覚悟を持って、そして、やはり復興
庁を東北に置いて、この厳しい状況を毎日見ながら、復興していく様子も毎日確認
し、新たに起きてくる問題に速やかに対応していかなければならないと思います。永
田町から指示を送ってもだめだと私は思います。改めてリポートを作成し、写真も交
えてご報告します。



2011.04.13
桜が満開

あぁ、桜咲いてる・・・。気持ちに余裕がないのか満開の桜に今朝気づきましたが、
こんな気持ちで桜を見たこと今までになかったかもしれません。何だか、震災後、予
定していたことが頓挫したり、やりたいことができなかったりで何もかもから回りし
ている感じで。不安、不満、言いたいことが沢山あります。でも、言えない立場がき
ついです。色々な事が心配だし、腹も立ちます。何よりも民主党の国会議員として本
当に苦しい。国民の皆さんが望んでいた、私が期待していた民主党とは違ってしまっ
た・・・のでしょうか。すばらしい先輩議員が沢山います。同期の仲間たちも問題意
識を持ち、真剣に取り組み、今、苦悩しています。本来あるべき姿の、「国民の生活
が第一」の民主党を取り戻して欲しい。同じ方向を向いて歩いて行きたい。どんなに
道は険しくても、気持ちを一つにして、支えあって・・・。今日は堺屋太一さんに始
めてお逢いしました。東日本大震災からの復興―新しい日本の建国、とてもいいお話
でした。首都一極集中政策を見直し、東北に文化首都を創ろうという構想でした。出
版社も、TVのキー局も情報発信機能が東京に集中していなくてもいい訳だし、東北に
限らず、日本全体に企業の本社が点在していたっていいじゃないですか。某野党の国
会議員の先生は東北が復興するまで、国会を東北に移そうとおっしゃっていましたが
そんなことも含めて速やかにやれる事をやっていかないと時間はどんどん過ぎていき
ます。少し前に農林水産部門会議の定例会議が終わりました。被災地域の漁業者の
方々に共済金の支払いが4月の19日をメドに行なわれることになったようです。5
月以降は5日、15日、25日と3回に分けて支払われます。漁業者、農業者の皆さ
んの暮らしと命を守るために、補償金の仮払いも含めてすみやかに支払うように、政
府や関係機関に皆で強く意見を繰り返しています。皆様が希望を持てるような、少し
でも安心できるような情報はなるべく早くお伝えしていきます。



2011.04.11
これからが本当の意味での闘いです。

あえて、言うまでもなく。統一自治体選挙の結果、貴重な人材を沢山失いました。地
域によっては本人がどんなに努力しても結果に繋がらないところもあるのです。党の
執行部の責任は大きい。この四年間、努力をしてきた地方議員の候補者の皆さんが凛
と胸を張って選挙ができるようなそんな環境を作る努力を怠ってきたと思います。こ
の結果が今後どうなっていくのか。東日本大震災の災害規模はTVや新聞から受けてい
る印象をはるかに越えたものです。日本全体に様々な影響、変化が起き始めていま
す。今回の選挙に当選された方々、私たち国会議員も含めて、必死で日本再生のため
に働かなければなりません。今までと違った価値観が必要になってきますし、国民の
皆さんにとって耳障りの悪い事もどんどんお話しなければなりません。一緒に協力し
てやっていかなければ、乗り越えられない。これからは、チャレンジです。日本全体
もそうですが、魅力ある北海道づくりに必要なことは民間のアイディアやニーズを行
政がしっかり支援して、形にすることです。まさに攻めの道政。高橋知事にはしっか
りと働いて頂きましょう。言うだけなら誰でもできるんです。上田札幌市長のように
実行してください。お願いします。



2011.04.10
お疲れ様でした。

この一週間、(正確には一ヶ月かな)道内を走りまわり、候補の皆さんの応援をさせ
て頂きました。厳しい選挙戦の中、皆さん本当に一所懸命で胸を打たれました。4年
間地元の課題と取り組んできただけに現職候補は若い人たちも演説に魂が籠っていま
した。政策もしっかりとしていて私も大変に勉強になりました。今夜、結果が出ま
す。皆さん、本当にお疲れ様です。最終日の昨日は、朝、東区の応援に入らせて頂きました。その後、千歳の街頭集会で応援演説。その後は札幌市内で候補と一緒にお訴えをさせて頂きました。ホッとしたせい
なのか今日は全身に浮腫みが出て、朝は鏡を見てびっくり!この人誰?というくらい
顔が浮腫んで、体の芯に重たい疲労の玉を抱えているようなそんな感じです。次々と結
果が入ってくるまであと一時間。緊張です。



2011.03.31
つなぎ法案成立

本当に野党の皆さんは子ども手当ての必要性をわかっていないのでしょうか。私はわ
かっていると思うんですが。子供のいる野党議員に「じゃあ、子ども手当て受給して
ないんですか?」と聞くと「いやぁ、助かってます」と言うんですよ。いかに大切な
法案か、そして、民主党が将来の日本を担っていく子どもたちの心と体の成長のため
に、大きな決意をしての取り組みであるがゆえにこれを国民に理解されてしまうと反
対したものとして立場がない。何としても反対せざるを得ないのです。記名採決にお
いて、みんなの党の寺田参議院議員が造反。白票を投じました。素晴らしい。これに
よって賛成、反対派は同数、憲法56条第2項により参議院の議長の決定とします。
きわどいところでしたが23年度9月までは、月額13,000円の子ども手当ては
守られました。今後も子どもたちのために、子育て支援のために頑張ります。他にも
今日の本会議では17本の法案が成立致しました。





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